第31章 灰羽リエーフの数日 2023
side美優
「美優さん、お風呂終わり?」
「ん、終わり。」
かしゃ、と固いものをベランダに置く音。それを聞くと私もそのままベランダに出る。濡れた髪を心配するように、そして証拠を悟られないように、リエーフは私の肩に掛けられたタオルを頭から被せる。
「美優さん湯冷めしちゃうよ。」
「このくらい大丈夫。」
頭を拭くタオルごとリエーフに抱きつけば、頭を拭きながらも抱きしめてくれる。
ふわり、と香る。
同じ香りと違う香り。
暖かくて、リエーフがもっと欲しくてタオルの隙間からリエーフを覗き込むとリエーフは困った顔。
「美優さん、今キス…」
できない、なんて言わせない。
私は今したいの。
「なんで?煙草なら平気だよ。」
首を傾げ告げた言葉は、リエーフの息を一瞬止めた。
本当にばかだなぁ。
こんなことで私が嫌うとでも思ったのかしら。
自嘲気味に笑うリエーフから視線を外すと胸元に頬を擦り寄せ目を瞑る。
「私ね、リエーフが気遣ってくれてるのも知ってるんだけど、リエーフの煙草混じりの香り、好きよ。リエーフの大人の香り、落ち着くの。」
リエーフの洋服に押し付けた鼻先。すん、と息を吸えば再びの煙草混じりのいつもの香り。
「リエーフはどんどん大人になってるのを隣で感じられるのが嬉しいんだよ。」
16歳から10年。
変わらないわけがない。
あの時好きだったミルク入りの甘いカフェオレは、私と同じブラックコーヒーになった。
ふわりと香るお揃いのフレグランスは、大人な香水の香りになった。
甘えた可愛い年下の彼氏から、頼れる格好良い1人の男性になった。
たくさんの変化を見てきたんだから、その中に小さな変化があっても嫌いになることなんてない。
「でも、吸い過ぎ注意ね。それで病気になってもお見舞いに行かないから。あとお酒もほどほどね?あとは…」
照れ隠しのように注意をするけれど、途中でさらに引き寄せられる体。背中に回した腕でぎゅうと抱きしめれば、リエーフがタオル越しに頬を擦り寄せる。
「美優さん、キスしていい?」
問いかける言葉は少しだけ震えている。答えるように顔を上げればいつも口付けを強請る体勢になる。
それに気づいたリエーフは口元を緩めそっと唇を重ねた。
キスなんていつでもしてあげる。
だから、これからもそばにいてね。
誕生日おめでとう。
end