第31章 灰羽リエーフの数日 2023
「……工房?」
美優さんと2人、目的のお店に向かえば、そこは工房。美優さんの方を向けば俺の方を伺うように視線を向ける。
「……いや、だった?」
上目遣いでそう聞かれるけれど嫌なわけがない。横に首を振ると不安そうな瞳が柔らかく微笑む。俺の言葉を聞いた美優さんが先に店内に入ると、俺も続いて店に入る。
「予約していた灰羽です。」
美優さんの口からそう聞こえてくるだけで胸の奥が暖かくなる。嬉しくて、くすぐったくて、早く本当になったらどんなに嬉しいかって毎回思ってしまう。
中から出てきたのは優しそうな男性。椅子に促され早速作る指輪の相談を受ける。
「今回は結婚指輪の作成で間違いなかったですかね。」
聞き間違えか、と思い美優さんを見れば、美優さんの顔は真っ赤のまま縦に首を振る。
間違いないと言う美優さんの唇は少し震えていてそれに目を奪われていれば、その唇が柔く息を吐き、店員の男性に言葉を紡ぐ。
「実は彼にサプライズで…私の気持ちが変わってないことを伝えておきたくて。」
視線がこちらに向き困ったように俺にはにかむ。それが嬉しくて、言葉が出てこなくて俺は口元を手で覆う。
それを見た店員の男性は緩く微笑むとこちらにタブレット端末を向け、デザイン案をどうするかを考えて欲しいと言い残し奥へと戻っていった。
何も喋れない俺に向き合う美優さん。店内の有線が耳に響く。
俺の手に触れる美優さんの冷たい指先。それはそのまま俺の手をぎゅっと握る。
「サプライズにしたのはごめんね。でも、本当にここの指輪をつけて、リエーフの隣にいたいの。」
だめかな、と問いかけられる言葉。
先日の夏の旅行の時に約束した"次は一緒の名字で"のアンサーに、思わず目が潤む。詰まるように苦しげに吐き出される言葉は、空気に紛れてうまく届かない。
椅子から立ち上がった美優さんが俺の体を包み耳に好きの言葉を吹き込むけれど、嬉しすぎて流れた涙でうまく声を返すことができず頷くことで返事を返す。
「リエーフ、大好きよ。一緒に指輪作って、これから私に繋がれてくれる?」
美優さんはいつだって嬉しい言葉をくれる。
大好きで、だいすきで
俺はYESの気持ちを込めて鼻先に唇を押し当てた。