第5章 十四松にファンファーレを
主人公視点
早朝からのコンビニバイトを終え、わたしは河川敷に向かっている。
肩には相棒のトランペット。
主(今月は、もう演奏会ないや…。あとは、中学校の吹奏楽指導だけ…か)
そう、わたしはトランペット奏者!…一応…。
プロのオーケストラ入団を目指し、私立の音大に入ったものの、卒業後もうだつの上がらない演奏家生活を送っている。
オーディションもコンクールも、数え切れないほど受けたけれど、どれも結果を残すことは出来ていない。
そんなわたしは、バイトで生活費を稼ぎ、たまに依頼がくるオーケストラと吹奏楽のエキストラ、指導の仕事でなんとか演奏家としての体裁を保っていた。
住んでいるアパートでは音を出せないので、バイト後に河川敷で練習をするのがわたしの日課だ。一応苦情はまだ来ていない。
河川敷のいつもの場所に着き、譜面台を立てる。
誰もいない川に向かって、わたしは楽器を響かせた。
〜♪
トランペットを吹いている時が、わたしの一番充実した時間!
…だったはずなのに…最近はすっかり自信を無くし練習が苦痛になっていた。
??「マッスルマッスルーハッスルハッスルー!」
どこからか独特の掛け声が聞こえてくる。
主(あの人…今日も来た…)
川を隔てた向こうの河川敷に、最近よく見かける変わった人がやってきた。
その人は、野球のユニフォームに身を包み颯爽と現れるので、わたしは密かに草野球くんと名付けている。
草野球くんは、不思議な掛け声と共に練り歩いていたかと思うと、川に飛び込み泳いだり、素振りを何千回もしていたり…。
奇行を挙げればキリがない。
一番の謎は、ユニフォーム姿なのに野球の試合に出ているのを一度も見たことがないこと。
ここの河川敷は広いので、野球場やサッカー場があるのだけれど、試合に参加している姿を目にしたことがない。
主(一緒に野球やる仲間がいないのかな?草野球チーム入ればいいのに。そういうのよく分からないけれど、簡単に入れるものじゃないのかな?)
素振りを始めた草野球くんを遠目に見ていると、ふと、高校時代野球応援に行ったのを思い出した。
あの頃は部活でただ楽しく吹いていて幸せだった。
遠いけれど幸せに満ちた記憶…。