第1章 叫びたかったので
「お前なんでいつもあの中にいんだよ」
のこのこやってきたを逃さないように捕らえてから問い質す。は俺が不機嫌なのを察するとあ、だのう、だの要領を得ない言葉を発して戸惑った。
本来はこういう奴なのだ、は。耳障りな高い声を上げて騒ぐような女じゃない。だからこそ部活の時間にだけ見せるあの様子は不可解で仕方がなかった。バカにされてんのかと疑うのも無理はない。
「ただの応援ならあそこに混ざる必要ねえだろ。彼女なんだからあいつらと同じ真似すんな」
こっち向いて、などと媚びた声で叫ばなくとも顔くらい幾らでも見せてやるし、かっこいいやら頑張れやらという言葉はあんな場所ではなく二人きりの時に聞きたい。そんな気持ちを込めて発した言葉だが、それを聞いたは唐突に赤面して顔を覆った。何なんだお前。
「おいこら、はぐらかすんじゃねぇよ。質問に答えろ」
「…か、彼女でも叫びたい時があるの…!」
「ああ?何がだ」
「好きすぎてむねがいっぱいで、狼谷くんかっこいいって、がんばれって、思いっきり叫びたい時があるの…!でもひとりで叫ぶのは恥ずかしいから…!」
無理やり手を引き剥がした先には、真っ赤な顔に瞳を潤ませてそんなことを宣うがいた。思いも寄らない言動に、自白を迫っておきながら束の間あっけに取られる。いつも教室でにこにこと澄ましているこいつが、そんなことを考えていたとは思わなかった。
「…バカだろ、お前」
「ば、ばかだもんわかってるもん…!でも狼谷くんがかっこよすぎるのがわるくて、」
「だからそういうの、二人きりの時に言えって言ってんだよ」
「かみ、んん」
要は思っていたより俺は愛されていたということらしい。追い詰められて恥ずかしいことをなんのかんのと抜かすを黙らせるために、顎を掴んで無理やり口を塞いだ。食むように一度だけ深く啄んでから離す。負け惜しみのようににらんでくるが、縋るように袖を掴んだままでは誘われているようにしか見えない。気を抜くと緩みそうな口元を根性で引き締めた。
「叫びてえなら俺がいつでも聞いてやるから、あんなところで無駄に言うな。もったいねえだろ」
そう言うとまた赤くなったの唇を掠め取り、照れ隠しに怒る声を背に部活へと戻った。