第6章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
「ないならないって先に言いやがれ、こっちで用意してやったのに」
「いや、ないわけでは…」
「アーン? ならなんで着て来ねえんだよ」
一瞬、言葉に詰まる。
私が朝から鏡の前で、飽きもせず浴衣を着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返していたことを、跡部は想像だにしていないだろう。
いや、されても困るけれど。
オレンジ色の乱菊模様が鮮やかな浴衣は、何度袖を通してみても見慣れなくて、着られている感が拭えなかった。
これで跡部の隣を歩くのかと想像するだけで、顔から火が出そうだった。
きっと会場にはもっともっと可愛い子たちがたくさんいるのだろうと思ったし、そんな子たちと比べられるのは恥ずかしいし、何より跡部に恥をかかせてしまいそうで嫌だった。
押入れの奥から浴衣を出してきて着方を教えてくれた母親には本当に申し訳なかったけれど、着れば着るほど、見れば見るほど、洋服の方がいいように思えたのだ。
「下駄慣れてないから靴擦れしそうだし、人ごみの中で足止めしちゃうのも悪いかなって…それに跡部となのにおしゃれなんてさ! ほら、浴衣は彼氏とって相場が決まってるじゃん」
言いながら、口が滑るってこういうことだと思った。
照れ隠しで発した言葉はどうにも止まらなくて、何もこんなときに限って弁が立たなくてもいいのに。
跡部の整った眉がためらいもなく歪められていくのを見ながらひどく後悔したけれど、もう手遅れだ。
「…チッ、かわいくねえな」
ご丁寧に舌打ちまでくれた跡部に、そんなの言われなくてもわかってる、と言い返したつもりだったけれど。
私の言葉は、跡部に届く前に溶けてなくなってしまった。
まるで点火したそばからシュンと消えてしまう、湿気った花火みたいに。
かわいいと言ってほしかったわけじゃない。
かわいいと言ってもらえる容姿でも、キャラでもないのは、自分が一番よくわかっているから。
でも、跡部にだけは。
跡部にだけは、かわいくないとは言われたくなかった。