第6章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
「同情してくれるんだ?」
「同情というより憐れみ、かもな」
「憐れみ…。あっそ、まあなんでもいいわ」
「俺様の高貴なボランティア精神だ、ありがたく受け取るんだな」
「あーはいはい、アリガトウゴザイマスー」
憐れみでもボランティアでも、何なら罰ゲームだったとしても、嬉しいことには変わりなくて。
弾みそうになる声が恥ずかしくて、最後の方は無理やり棒読み。
それを知ってか知らずか、跡部はふわりと髪をかき上げて言った。
「もちろん浴衣着てきて楽しませてくれんだろ?」
「え?!」という私の驚きを完璧に無視した跡部は「明日六時、迎えに行く」と言い残して、さっさと背を向けて歩き出した。
かろうじて「どこに?!」と言葉を投げると、背中越しに「家に決まってる」と極めて面倒くさそうな返事。
それ以上の抵抗をしようにも、無駄に脚の長い跡部はずいぶん先を歩いていて、時すでに遅し。
取り残された私は、呆然とポスターを見た。
夢だったんじゃないかと試しに思い切り頬をつねってみたらしっかり痛くて、花火の写真が涙で少しにじんだ。
* *
六時きっかりに鳴ったインターホンの音にドアを押し開けると、跡部は一気に不機嫌そうな表情になった。
「浴衣っつったろうが」
「あー…ごめん」
少し襟ぐりの開いたお気に入りのタンクトップにリネンのシャツ、デニムのショートパンツ。
浴衣とは程遠いファッションを見るなり突っ込んできた跡部に、玄関から一応の謝罪を述べる。
跡部だけに浴衣を着させてしまって申し訳ないけれど、これが今の私にできる精一杯のおしゃれなのだ。
跡部は黒地に白い縞模様がシックな浴衣を、それはそれは見事に着こなしていた。
これからこの男と花火大会に行くのだと思うと、それなりの心の準備をしてきたはずなのに、心臓が暴走して口から出てきてしまうんじゃないかと心配になる。
見たこともない黒塗りの外車のドアを、運転手さんが開けてくれた。
跡部が乗れよ、と顎をしゃくったのを見て「お邪魔します」と言いながら乗り込む。
足を伸ばせるほど広い後部座席に座ると、ひんやりとした革張りのシートが太ももに心地いい。
跡部がパチンと指を鳴らすと、車は音もなく滑り出した。