第15章 王者の休日(1)
11月になった。
白鳥沢の練習メニューは、年明けに行われる春高本選へ向けてのものに切り替わった。
とは言え、基礎的な練習はまだ今までどおりのため、あまり大きな変化は感じない。
エースとして部を全国へと導いた俺は、主将と共に新聞部の取材を受けたが、それ以外には別段変わったこともなかった。
変わったのは周囲の俺に対する見方だった。
――あの日、遅くに帰った俺に、最初に声を掛けたのは玄関ホールにいた天童だった。
「…あ、お帰り、若利くん。お夕飯、終わっちゃったよ」
俺は頷いて、承知している旨を示す。
「そうなるだろうと思い、摂ってきた」
「ありさちゃんと一緒に…」
そこまで言ってから、天童は俺をまじまじと見てきた。
その表情が何か言いたげなものへと変わって行ったが、天童が口を開くよりも先に彼の斜め後ろから現れた瀬見が話しかけてきた。
「若利、お疲れー。天海さんに会えたか?」
「あぁ」
山形と大平、それに川西までが集まってくる。
俺は座り込んで靴紐を解きながら会話を続ける。
「そっか。…で、どうだった?」
一瞬、手を止めた。
随分と直接的に聞くものだとも思った。
「初めてのことだったが…どうかと言われれば、月並みかもしれないが、“良かった”というのが答えか」
「…は?」
「2度目は天海に少し無理をさせた…申し訳なく思っている」
靴を脱ぎ、立ち上がりながら振り返る。
場に居合わせた全員が沈黙し、真顔で俺を見ていた。
「…今のは英太くんが悪い」とは口火を切った天童。
「お、俺が悪いのか? 今のは俺が悪いのか⁉︎」
「相手を考えて言葉を選ばないと! 若利くんだからね! っていうかさー、こんな小ざっぱりして帰ってきてるんだから色々と察しないと!」
「…俺は、若利の選択に口を出すつもりは無いけどな」とは大平。
「ただ、うちのジャージは脱いでおけよ、とは言いたい」
「獅音、よく突っ込んだ」
「山形」
「…何だ?」
「お前の言うとおりだった。天海はそれなりに胸があった」
口を半開きにさせた山形の真横で「どう考えても若利の方に問題あるだろ!」と瀬見が叫ぶ。
俺は首を捻って無言を貫く川西を見やった。
川西は、苦虫を噛み潰した表情でこう言った。
「俺、やっぱり、付き合うなら牛島さんだけはやめておきます…」