第9章 恋の季節(2)
「俺は天海のことをすべてを知りたいと思っている。すべてを知り、すべてを俺の物にしたい。…何一つ、眼差しですら、他の男に向けて欲しくはない」
言い切ると、俺の周囲だけ音が消えてしまったかのように静まり返った。
その、ゆっくりと10まで数えるくらいの静寂は、それまで無言を貫いていた大平が微かな笑みを浮かべてそっと破った。
「ま、そういうわけだ」
大きく息を吐いて、両肘をついての頬杖に変えた天童が呟く。
「数日前までは“興味”としか言わなかったのにねぇ。すごい覚醒」
「振り幅、大きすぎんだろ」
天童の隣で瀬見が、なぜか少し顔を赤らめながら話す。
「聞いてるこっちが照れるわ」
「最初から見ているだけで照れてたじゃん、英太くん」
「最初から?」
俺は首を傾げた。
天童が言ったことの意味がまるでわからなかったのだ。
確認しようとしたところで、山形が言う。
「相当入れ込んでたもんな」
「入れ込んでいた?」
俺は再度、隣の天童から逆サイド隣の添川まで、視線を一巡させる。
全員が何か譲り合うような気配があったが、最終的に口火を切ったのは瀬見だ。
「若利、お前、一目惚れしてんだよ」
一目惚れ。
口の中でその響きを確かめた。
聞いたことのある、知らない言葉だ。
「インターハイのあの日、最初に声を掛けられた時から、お前、彼女に惚れてっぞ」
「若利くんだけだからね、気づいてなかったの」
そうなのか?
俺は天童を凝視する。
にわかには信じ難かった。
俺自身が気づいていなかった、つい昨日知ったばかりのことを、全員が気づいていたというのは起こり得る話なのかと本気で考える。
見かねたのか、天童ではなく大平がその現象が起こり得た理由を提示した。
「天海さんのことを話す時のお前の雰囲気、普段とはまったく違うよ」
雰囲気。
抽象的な言葉に戸惑うと、空気を察した瀬見が具体的に言った。
「笑ってたぞ、結構。口端が明らかに緩んでた」
(笑っていた…?)
数多のシーンを思い起こそうとする。
残念なことに、自分がどうだったかは何一つとして思い出せない。
ただ――
あの暑かった日の体育館。
その余韻を引きずっていた夜に交わした電話。
今年のインターハイは例年と違った。
自分のことは試合以外ほとんど思い出せないが、彼女のことは鮮明に思い出せた。