第33章 ★ボーナストラック
自分のことを「繊細だ」などと思ったことは1度としてない。
寮の消灯時間に目を瞑れば、大概翌朝になっている。夢を見たのはだいぶ昔のこと――いや、半年ほど前、天海と別れた後に何度か随分と卑猥な夢を見たことを思い出す。
あれは、天童の言うところの“溜まってた”というヤツなのだろう。
天海と再び付き合うようになってからは見ていない。
再び付き合い出して以来、毎朝、目覚ましとほぼ同時に起床している。目覚めはかなり良く、ランニングも快調だ。
「若利くん…?」
腕の中から、不意に、俺を呼ぶ声がしてきた。
声の主を確かめることは不要だ。
これは夢ではない。
俺は横臥したまま頭だけを少し起こし、枕に付いた肘で頬杖をつくと身じろいだ彼女を眺めていた。
「目が覚めたか」
布団越しに身体をやんわり抱いていた左手を退かせば、背を向けていた天海が寝返り打つようにゆっくりとこちらに向き直る。
「おはよ…う?」
手の甲で目元を擦り俺を見上げる天海は、まだ微睡みの気配を残す瞳を彷徨わせる。
その動作は端正な顔立ちで落ち着いた物腰の彼女が日常ではあまり見せない幼さを感じさせるもので、俺は
「若利くん」
と再度名を呼ばれ我に返るまで、無言で彼女を見つめていた。
「…なんだ」
「いま、何時?」
「まだ5時を回ったばかりだ」
「5時…夕方?」
「あぁ。3時間ほど寝ていた」
「3時間…」
忙しい瞬き2回を経て、
「3時間も!」
と天海が叫んだ。比喩ではなく現実に「布団を跳ね除けて」起きるという動作付きで。
俺よりも確実に繊細であるはずの天海は、基本的に眠りが浅い。
基本的に、とわざわざ言及したのは、行為の後などは長時間眠ることが常だからだ。“そういう時”は、俺が彼女を抱こうとしない限り、彼女は割と長めに眠る。
だが、ここまで慌てるのは珍しかった。
何か予定があったのだろうか?
俺は驚く以上に疑問に思う。
(そういえば…)
今日は久しぶりの再会を果たした後、真っ直ぐにホテルにやってきた。しかも、部屋に入ってすぐ、シャワーを浴びに行った彼女を追いかけ、浴室で抱いた。かいた汗をその場で流し、ベッドに移ってからもう1度。
無計画というよりはただただ衝動的でしかない行動の過程で、無論、彼女の今日の予定などは一切聞いていなかった。