第30章 二月の恋のうた(1)
白鳥沢の食堂は昼時になればいつも大変な混雑だ。
しかしながら、1月の成人の日を過ぎた辺りで受験生たる3年が自由登校になるとその状況は少し解消される。2月ともなれば登校する3年がごく一部に限られ、食堂は2年と1年の独断場になるのが例年のならいだ。
「若利っ」
山形を含めたクラスの連中との昼食を終え、午前中に出されたレポート課題について話していた最中、声を掛けてきたのはやってきた瀬見。
トレイを持って席を立つクラスメイト2人と入れ替わるように向かいに腰を下ろす瀬見は、まず、険しい顔を形作って俺を凝視してきた。
「…お前、ちゃんと睡眠取ってるか?」
今日、その質問は瀬見で3人目になる。
「健康管理はきちんとしている」
「いや、そういうんじゃなくてな…目の下、クマできてねーか?」
「クマどころじゃねーぞ、瀬見。午前の授業中、指されたのにボケっとしてて注意されてったからな、若利は」
「山形」
その話はもうするな、と俺は釘をさす。
山形は肩を竦めると
「若利に怒られた、クマった」
と呟き、瀬見の沈黙とため息を引き出した。
「瀬見、用事があって来たのではないのか」
会話が途切れたのを見計らい、俺は瀬見にやって来た意図を訊ね聞く。
「あぁ…」
背もたれに肘を置き、身体半分を開いたようなラフな姿勢で瀬見が添川からの言伝を話し出す。
「送り出しの件、添川から連絡」
“送り出し”というのは白鳥沢の運動部に伝わる伝統的イベントだ。
生徒会の主催する、卒業式翌日に行われる3年を中心とした模擬試合とその後に行われる簡易的にセレモニー、双方を併せてそう称する。
「卒業式当日、各クラスのホームルームが終わったら体育館集合。で、1年にもう1度送り出しの説明したいんだと」
「わかった」
「そんなに慎重にしなくてもいいと思うんだけどな。卒業式明後日だろ、今さら…」
立て板に水、といった具合にしゃべり続けていた瀬見が、不意に、言葉を切った。
かと思えば、
「明後日だよな」
と、妙なことを言ってくる。
俺は首を傾げた。
「担任からの説明もあったはずだが?」
「卒業式のことじゃなくて…なぁ、若利」
「なんだ」
「天海さんに会いに行かなくていいのか?」
この話題も、今日は瀬見で3人目だった。
白鳥沢の卒業式は2月最終日。
――2月が、明後日で、終わる。