第24章 ★「さよなら」(2)
まだ空が明るい時間に帰寮したからだろうか。
珍しく誰とも顔を合わせないまま、俺は自室へと足を踏み入れた。
ダウンを脱ぎ、決められた場所へと納める。
今日やるべきことはあっただろうかと自問を投げたところで机の上の携帯電話が震えた。
見れば、天童からの連絡だ。
“お帰り、若利くん。みんな、集会室でテレビ見てるよー!”
いつもと変わらぬテンションが文面から見て取れる。
戻ったことがよくわかったものだと半ば感心しながらスウェットに履き替え部屋を出ると――
「若利くん、早っ!」
連絡を寄越した張本人が携帯片手に向かいの壁に寄りかかっていた。
「…よく帰寮していたのがわかったな、天童」
「超・能・力!」
やたらと弾みをつけて高らかに宣言する天童を凝視してから、俺は皆が集まっているという集会室へと歩を進める。
「釣れないねぇ」と呟いた天童は、慌てず騒がずに後ろから付いてくると、独特の気安さで今日のことにいきなり踏み込んできた。
「で、若利くん。ありさちゃん、本当にフって来たの?」
「…いや。俺が天海に振られてきた」
「へぇー!」
驚嘆の声を上げたが、天童は止まらない。
「それ、若利くん的に貴重な体験だね…ありさちゃん、泣いた?」
「…振られたのは俺の方だが」
「うん、そうだけど…そうなんだけどねー」
立ち止まり、天童を顧みる。
後頭部で両手を組んで歩く天童は、俺が振り向いたことには驚くこととなく、平然と傍らを通り過ぎて行った。
痺れを切らして、俺から問うた。
「何が言いたい、天童」
「別に。ただ――」
「ただ?」
「“強さ”の呪縛だねぇ」
謎かけのような不可思議な言葉を置いて、天童が先に集会室へ入って行く。
彼を追いかけて入室すれば、瀬見以外の2年が集まってテレビを見ていた。俺たちに気付いた山形がこちらへ顔を向けて片手を挙げてきた。
俺がそれに応えるより早く、天童が奇声を発してテレビに近づいて行く。
「天童うるせーよ」とバッシングする山形の声の向こう側、流れ始めたメロディーに俺は眉をひそめた。
どこかで聞いたことのある曲調。
答えは添川から。
「『八月の恋のうた』か」
「冬に聴くと『一夏の恋のうた』だな…ちょい切なく聞こえる」
山形の言葉に頷く面々の後ろで、俺は、過ぎた夏の恋のうた、その終わりを初めて聴いていた。