第4章 夏の思い出(3)
突然出てきた名前に驚愕する。
大平は最初それが誰のことだかわからなかったようだ。
何か言いたげに口を開いた。
が、天童の視線の先、俺の顔を見てからその名前が示す人物に思い当たったに違いない。何も言わずに唇を結ぶ。
天海――天海ありさ。
一昨日は俺と瀬見、2人しか知らなかった“彼女”は、昨日の“川西”との騒動を経て、今や白鳥沢のバレー部員全員が知る人物になっている。
「瀬見が?」
大平の口調は「何のために」と続きそうで、実際のところ、俺もなぜそこに瀬見の名前が挙がったのかわからず、天童の真意がまったく読めない。
天童は周囲を一旦見回してから、声量を落とし気味に話す。
「そりゃー、英太くんの好みだからに決まってるじゃん」
…好み?
「瀬見は…天海が好きなのか?」
俺はそんな質問を天童に投げていた。
大平が、瞠目して俺を見る。
その表情に引きづられて俺も自問する。
俺は、なぜそんなことを…?
天童は無言で瞬きをしてから、ニヤリとした笑みを浮かべた。
こういう時の天童は厄介だ。
「…若利くんはさ、英太くんが天海さんを好きだったらどうすんの」
「どうする…?」
「そ。どうすんの」
「どうもしない」
俺は、天童の笑みの意味と質問の意図、どちらも答えが読めずに困惑する。
「瀬見の感情の問題に、俺自身が何かをする必要があるのか?」
思うがままに答えると、天童は一転、何とも言えない表情になった。
「…そこからなのね、若利くん…」
「そこから?」
「天童、試合前に若利を変に煽るんじゃないよ」
「聞いてたデショ、獅音。若利くん、全然煽られてないから」
「天童、“そこから”というのは“どこから”の話だ」
天童が頭の後ろで組んでいた両手を解くと、「やれやれ」と言いたげなオーバーリアクション気味に首を左右に振った。
「若利くん。若利くんは、天海さんのこと、どう思ってるの」
…俺は、彼女のことを思い浮かべる。
射抜くような眼差し。
大きな目で、ブレずに、俺を見つめてきた。
その大きな目が、驚きで丸くなり、かと思うと、楽しそうな色を映して…。
“牛島くん”
鈴を転がしたような響きの声。
笑った時に、それは本当に弾むようで――。
「ミーティングするぞー」
背後からの先輩の声に俺は我に返った。