第8章 心に嘘はつけない。
『ありがとう、海堂』
『これぐらい、平気っス』
『…風邪、うつっちゃうかもね』
『そんなにヤワじゃないスから』
『…それって、僕がヤワだってこと?』
海堂はそれには答えず、『帰ります』と言って立ち上がった。
『海堂…本当に、ありがとう』
僕はいつものように笑みを浮かべると、海堂は少し躊躇ってから、手を伸ばした。
僕の額にかかっている髪をそっと払い、
『早く良くなってください』
一言、それだけ言って去って行った。
そのときの顔は。
とても、とても優しい顔をしていて。
きっと、弟に対するような、そんな仕草だったんだろうけれど。
心に残って。
僕の心に、波を立てた。
それからの僕は、変だった。
熱のせいだと思っていたのに。
ことあるごとに、あのときの顔が浮かんできて。
髪を払う、あの冷たい手の感触がよみがえる。
まさか、あるわけない。
何度もそう思ったけれど、海堂のあの低い声を思い出すたびに、苦しくなる。
ベッドの中で、僕は海堂のことを考えながら眠りに落ちた。
夢の中でも、僕は海堂を思っていた。
コートの中、ボールを必死で追う海堂がいる。
僕はフェンス越しに、彼を見ていた。
その彼が、不意に僕の方を見た。
けれど、その視線は僕じゃなくて、隣にいる誰かを捕らえていた。
僕はどうしようもなく、残念な気持ちになった。
どうして、海堂が僕を見る必要がある?
どうして、僕を見ると期待した?
期待しなければ、残念に思うこともないのに。
『――不二先輩』
いきなり、場面が変わった。
制服姿、バンダナをしていない海堂が立っている。
夢の中の僕は、海堂のことが凄く好きだった。
どうしてそうわかるのか。
それは、僕の心臓が物凄い速さでドキドキしているからだ。
夢の中の僕は、海堂を目で追ってばかりいる。
ねぇ…おかしいよ?
だって、海堂は男なんだよ?
僕は必死で考える。だっておかしいじゃない。
僕が海堂を好きになるなんて。
それなのに、夢の僕は海堂のところへ嬉しそうに走っていく。
待って、待ってよ。
これは恋じゃないはずなんだ。
ただの…友情のはずなんだよ。
裕太の代わり、だったはずなのに。