第15章 真穂の真実
「それ以上、何も言わないで。」
楓は一言だけ、重みの感じるワードを残した。
颯爽と病院に入っていく楓の背中さえ、見れなかった。
何故だか、怖い。怖いという感情が何かを越えようとしてる。
優しくて温かくて、何もかも包む笑顔。
今、それが見れない。
好きな彼女がまるで脱皮をする蝶のように、変わろうとしてる。
錯覚としては、妙にリアル過ぎる。
独りで立つ空間は本当にこの世のものなのか。
振り払うように、前を向いて歩き始めた。
「思ったより元気そうだね、真穂。」
「楓…。」
先ほど、彼に見せた笑顔とは別の顔で彼女に微笑みかけた。
真穂は相変わらず、不安そうな顔をする。
昔からよく見るその顔は、ついつい守りたくなる。
「一樹の唇、柔らかかったでしょ?」
びくんと、真穂が反応した。
「なんでわかったの!」
「一樹の顔を見れば、わかるよ。好きなんだもん。」
「楓、あなたはいったい何を…。」
ベッドの上の右手が震えている。
それは怒りなのか、恐怖なのか。それもわかってしまう。
「怖いんでしょ、私のこと。」
「楓、何を考えてるの…。一樹くんに嘘までついて。どれだけ彼を苦しめるの?」
戦く真穂に対し、私は至って冷静。
これが本当の顔だなんて、一樹にも分かるわけない。
演技って素晴らしいって思える。
「今、彼を苦しめないとあなたのものにならないよ。一樹は今、私に対して不信感を抱いてる。何を考えて、誰を想えばいいか迷子なの。その方が真穂にとっても好都合でしょ?今、私が消えれば真穂に甘えてくることなんて目に見えてるでしょ?」
もはや尋問。
眈々と言葉を綴ると、大抵の人は無口になり下を向き、自身の考えに疑問を抱く。
そして、次に出てくる言葉を必死に模索する。
「私は死ぬ。そして、真穂は生きる。すごく簡単なこと。」
そっと立ち上がり、見下ろすように続ける。
「あと1日。あなたに許された時間はそれだけだからね。」
「待って!」
そんな言葉、聞こえるわけない。
私に待つ時間なんてないから。
「一樹、これであなたは私のことも真穂のことも愛せるよ。それがあなたの幸せ。」
私は笑顔で、玄関に独りで伸びをした。