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すうら、すうすう。

第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー



私が軍属医師であった事は何度か話したかと思う。

負傷した上暑さと湿気に苦しめられる数々の兵の手当をし、その帰来を見届けながら、結果自身身体を損なって帰国した私だが、従軍したせいで以前より実際的な考え方をするようになった。 一部の友人はそんな私を厭世的になったと評するが、公平に見てこの変化はそう憂鬱でロマンチックなものではないだろう。
一口に言って私は戦地へ赴いた事により、夢見がちで少々幼稚とも思える浮わついた部分を切り捨て、自分が所謂大人らしい大人になったのだと頑なに信じていた。

「ゴーストを信じるかだって?」

クリスマス近い早過ぎる刻限の夕間暮れ、私は変わり者で皮肉屋の同居人ホームズに帰国以来私が最も信じられなくなったものについて話を持ちかけてみた。
気難しい上に扱い辛い彼だが、この日は薬の影響で上機嫌だったせいかーこれは数ある彼の悪癖の中で最も憎むべきものと言っていいー愛用のバイオリンを調律しながら、簡単に話に乗って来た。

「ふむ。興味深い質問だ」

秀でた額に皺をして、薬品焼けした長い手指の先を擦り合わせる。予想外の熱心さを伺わせる仕草だ。

「かく言う君はどうなんだい、ワトソンくん?君はゴーストやフェアリーを信じるかい?」

問い返されて私は即座に答えた。

「無論信じない」

「おや、やけに言い切るじゃないか。そこまで言うからには根拠があるのだろうね」

椅子に深く身を預け、両の指を組んでいささか意地の悪い顔をしたホームズに私は眉をひそめた。

「私は医師だよホームズ。従軍して戦地に赴いたのは君も知っているだろう」

ホームズはやれやれというように肩をすくめた。

「戦地で死に至る重篤な患者を看取って来たその君からしてゴーストに出くわした事がない」

「ないね」

「だからゴーストは居ない。成る程、根拠こそないが説得力はあるね。君という信用に足る人間が言うのだから尚更だ」

「その通り」

「ならどうして僕にゴーストはいるかなんていう質問をするんだい。結論が出ているなら答えは必要ないんじゃないかね?」

こう言われては一言もない。私は何とか自分の質問を筋道立ててみようとしばし頭を捻ったが、何の良案も浮かばないまま口を噤む羽目になった。
ホームズは口元に薄っすらと笑みを貼り付け、半ば夢でもみているような表情で弦の背を撫でながら、暗い表を眺めた。
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