第5章 疫神ーゴールデンカムイ
「オメだっても(お前でも)いがったのになあァ~胆コ太ェ気してオイさ知らね顔すっからカカがやられんだで。マダギのバガけがよおォ~」
賢吉は最早振り返りもしなかった。村外れを目指して、ただ走りに走った。
フミは山椒の根本に倒れていた。青い顔でぎっちりと目を瞑り、食い縛った口元は力むあまり白く色を失っている。
「・・・フミ・・・」
ガックリ膝をついた賢吉は、フミを抱き起こしてかすれ声を出した。
フミが薄く目を開ける。
「・・・賢吉さ・・・」
ヒラヒラと明けの空気を縫って名残の揚羽が山椒に集っている。
「ヤヤこ(赤ん坊)は・・・?」
フミがカサついた唇をひそひそと動かした。
「ヤヤこ?」
囁くようなその声を聞き取る為に口元に耳を寄せると、フミはちょっと笑った。
「・・・畔にヤヤこがいだの・・・。ワンワン真っ赤になっで泣いでだがら、抱っこしてあやしでだら、アベ悪ごとになっでしまっで・・・」
賢吉は黙ってフミを抱き締めた。
「エさ帰るべ」
静かに言って、フミを背中に背負い上げる。
「ふふ・・・」
フミが力ない、しかし楽しそうな笑い声を洩らした。
「何した?」
顔を振り向けて尋ねると、フミは賢吉の背中に顔を埋めて首を振った。
「んんうん。結局、おぶって貰っでしまっだなと思っで」
盆の前日のやり取りが、馬鹿に遠く思い出された。
「オイはオメどごおぶんのなば、なってもねっていったべ?」
「ふふ・・・。・・・んだな。賢吉さんは強いがら」
優しくて愛しい声に、賢吉の目から涙が溢れた。
マダギは怪異を疎かに扱わない。
それがどういうものか、知らぬではないから。
アブラウンケンソワカ、アブラウンケンソワカ。
軽いフミをずっしり背負いながら、賢吉は山の家へ向かった。静かな二人の家、フミの終の住み処へ。