第9章 その小さなモノに名前はない ー妖怪ウォッチー
水たまりに日差しが寄り添っている。
小さな水たまり。2日3日で消えてしまいそうな、ささやかなきらめきの底に、考え事をするモノがいる。
名前はない。ただ、自分をワレと呼ぶ。
風が吹くたび、水たまりは寄り添う日差しごと細かな波をきざんで、抱え込んだ小さな景色を震わせる。草いきれの匂いが心地いい。
背の高いあぜの草、舗装されていないあたたかな土の道、ざわざわしたトウモロコシの茂みとその合間に青い底のない空、形をとどめることなく行き交う雲。
ときどきよぎる、日に焼けた元気な何か。
ケーゾー。知っている。いつも一緒にいる正体の知れないモノが、そう言うと振り向くから。
ケーゾー。
あのワクワクする、モジモジする、ウズウズする何かを呼び止める呪文。
口にしてみたいけど、オトの出し方がわからない。もしも出せたら、あの何かに気づいてもらえるのに。
一緒にいる正体の知れないモノは、たぶん気づいてる。
ケーゾーがワレを飛び越えて行ってしまったあと、何ちょっと胸がチクンとするような顔で振り向いていたから。
空が暗くなるのは嫌いだ。ケーゾーがあまり来ないし、たまに来ても別の、もっと色が白くて優しいオトをだす何かと、小さな光を追ってワレを行きすぎてしまう。
あの正体の知れないモノだけが振り向いて、チクンとした顔をする。
見えたことはないけれど、そういうときはワレも同じ顔をしている気がする。
ケーゾーは遠くからもすぐわかる。おっきなオトをだしてワクワクしてる。ワレもワクワクする。モジモジする。ウズウズする。
景色が小さくなって、ケーゾーがあまり見えなくなっても、ケーゾーが来るとすぐわかる。
空気が震えて、ワレも震える。
「お前」
正体の知れないモノがワレにオトをかけて来たのは、もう空しか見えなくなった日のこと。
ワレをのぞきこんで、フユニンと言った。
ジブンは、フユニンと言う。
ワレは変な顔をしたのだろう、フユニンはちょっと笑って、名前をそういうのだと教えてくれた。
ケーゾーも、名前。
「お前の名前は?」
首をかしげたワレに、フユニンはまたチクンという顔をした。
「お前に名前をやるよ」