第10章 それでも貴方が好きでした
隣の部屋からテレビの音がする。
何を見ているんだろう、お笑い番組だろうか、それともアニメだろうか。
隣のキッチンで料理を作っている私には彼がどんなテレビを見ているのか、わからない。
ただ1つわかる事があるとするならば、ああ、やっぱり私の愛した人とは違うのだなということだ。
「もうすぐでできるから」
ぽつりと落とす言葉は、テレビに夢中の彼には届かない。
女が料理を作って、男はそれを待って、きっとそれが普通なんだろう。
そんな事はわかっていて、それなのにトマトを切っていた包丁はピタリと音を止めた。
ふうっとため息を1つこぼして、トマトにまた包丁をいれる。
だが、中途半端できるのをやめてしまったせいで、皮をぐにゃりときり損ねてしまい潰れてべしょべしょになってしまった。
あっ、と小さな声が出て消える。
私は何を思ってるんだろうと、首を横に振る。
貴方なら、貴方ならきっと、私の声が届いたろうにと思ってしまう自分がたまらなく嫌いだ。
潰れたトマトをざっと包丁ですくって、いつも吊るしてあるビニール袋の中へと捨てた。
自分の気持ちを押し殺すようにして、思い出さないように必死にだ。
薄い赤に染まったまな板をさっと水で洗い、ふと後ろを向けば、貴方の眩しい笑顔が鮮明に浮かんできて胸が苦しい。
「十四ま...」
名前を呼ぶ前に、はっとして口を噤む。
貴方はいない。
もういない。
じゅうっとハンバーグの焼ける音が、やけに耳に響いた。