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【おそ松さん】貴女と愉快な六つ子たち

第8章 どうか無いものねだりでも


〜主人公side〜


もう何年前になるだろうか。

セーラー服を着ていた時代の事だ。
当時どちらかというと根暗な女子中学生だった私は、本を読んでいる事が多かった。

「どうして、田舎なんていったんだろう」

本を片手にふうっとため息を一つ吐く。
パタリと閉じた本の題名は、『田園の憂鬱』という小説だ。

欝的な内容のこの本。
簡単に説明するなら、都会に疲れた主人公が田舎へ向かい心の癒しを求めに行ったものの、最終的にはより欝になるという内容だ。

「ないものを求めようとするから、よりドツボにはまるのよ」

さぁっとカーテンが揺れ、ふわりと舞い込んだ新緑の香りを胸に吸いふっと笑ってみせた。

「...それ、ボクも同感」

誰もいないはずの教室に、低い声が響く。
けして大きい声ではないが、しんとした教室に響く一音はやけに大きく感じた。

声をたどり後ろを向けば、規則的に並べられた机の一番後の席に腰掛けるマスク姿の男子生徒が1人。

間違いなく声の主であるその人は、じとっとした瞳で私を見つめている。

「...無いものねだりなんて、するだけ馬鹿だと思う」

コツコツという小さな足音さえもたてぬまま、彼は私の元へと歩く。

「...でも、せっかく綺麗に育ててた薔薇が虫に食われていく様は好き」

グイッとマスクを下げて見えた口元はかすかに笑っていた。

「...私も同じ、薔薇がこの主人公の心情みたいに廃れていく様がたまらなく好き」

「へぇ、気が合うね」

短めな切り返しは、その時の私にとってとても大人びて見えた。

ただ単に彼、松野一松が口下手であっただけなのに、今にして思えばとんだ勘違いだ。

けれど、中学生らしからぬその雰囲気が私にとってはあまりにも新鮮に思えた。

胸がとくんと音を鳴らす。
たった二言三言かわしただけだったが、充分すぎるほどに松野一松という人物に惹かれたその日。


新緑に彩られた5月、風の中にかすかに香る匂いは青臭くまだ新しかったと覚えている。
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