第5章 雨催い
夢を見た。
夢の中で俺は、ある男だった。視界は暗く、息が弾んでいる。時々頬をかすめる葉やら枝やらは、頬に傷を作った。
追われている。
そのことだけが頭を占め、とにかく必死に走っていた。もうどれほど走っているのか。息はぜえぜえと音を鳴らし、肺は空気を吸うたび痛んだ。それでも足は止められない。
それはもう、すぐそばまで来ている。
紛れもない恐怖が襲う。捕まったら、きっとただではすまない。ゆるみそうになる足を、無理やり動かし続ける。
気配はない。けれど、確かにそれは徐々に近づいてくる。
恐怖で視界が狭まる。逃げても逃げても変わらない景色に、本当の逃げ場などないことに気付く。気づいてしまえば、もう駄目だった。
「あっ…!」
不意に、足元に落ちていた小さな石につまずく。バランスを崩し、派手に地面の上の滑った。
苦しい。息ができない。
ぜえはあと肩で息をする。止まっては駄目だというのに、立ち上がることなど到底できそうになかった。
心臓が耳元で鳴る。血液が流れるのを感じる。ちかちかと明滅する視界。閉じることのできない口からは、涎が落ちていく。
詳細はまったく分からない。ただ、何かに追いかけられている。
恐怖だけが体を支配していた。