第5章 雨催い
「あっ…」
前田の口から、どこか怯えを含んだ声が零れる。瞳が大きく揺れ、彼の動揺を表していた。けれど、震える足はその場にとどまっている。
がんばれ。
後を押す声。前田の横では薬研と乱が、見守っていた。大丈夫だよ。乱が囁いた。その言葉で、前田は何かを決意したようだった。ゆっくりと、後ろに立つ骨喰の方へ体を向ける。
はく、と、口から空気が漏れた。前田だけでなく、骨喰の瞳も揺れていた。揺れて、濡れて、きらめいていた。思わず唾を飲み込む。口をはさみそうになる。けれど、ここは俺の出る幕ではない。
がんばれ。心のなかで、何度も思う。前田はゆっくりと口を開いて、謝ろうとしていた。
謝ろうとして、その瞬間。
前田の小さな体は、骨喰に抱きしめられる。突然のことに言葉を失う。
「よかった」
時間をたっぷりと使って、骨喰が前田の耳元で囁いた。それは、心の底から前田の無事を喜ぶ声だった。安堵に満ちた声だった。
前田の瞳から、また、涙が零れる。骨喰の声は、震えていた。
「無事で、本当に」
きつく閉じられた骨喰の瞳からも、涙が零れる。
骨喰が無事である前田を最後に見たのは、人質に取られたときが最後だと言っていた。それからずっと、骨喰は気にかけていた。戻らない意識の根底で、ずっと、ずっと、一人で小さくなって泣いている前田を見たのだという。
目が覚めて一番最初、骨喰が探したのは前田だった。一期が自ら折れることを選んだと聞いたとき、真っ先に浮かんだのはやはり前田のことだった。
本当はずっと、こうして、自分の目で見て無事を確かめたかったのだろう。けれど、優しさから踏み出すことができずにいた。
よかった。
また、別の誰かがつぶやいた。
前田は、たまらず、声をあげて泣いた。