第5章 雨催い
その日は、唐突に訪れた。審神者の執務室、そこで前田は人質に取られた。目の前には一期一振と、骨喰藤四郎。審神者に体を抱き込まれ、刀を手に取られた。刀を手に取ってしまえば、前田になすすべはなく、まして主である審神者をどうこうしようなんてい思いもしなかった。
けれど、審神者はそうではなかった。
「早く!私の言うことが聞けないの?!」
半狂乱になり、髪を振り乱しながら審神者は叫ぶ。
審神者が一期一振に命じたことは、ただ一つ。骨喰をその手で戦闘不能へと追いやることだった。
「主殿、落ち着いて下され。どうか、私の話を」
「話?先に私を遠ざけたのは、あなたでしょ?!今更なんだっていうの!あなたが私を見てくれていたなら、私はあなたの兄弟に手を出したりしなかった!」
もはや、話し合いなどできる状況ではなかった。
「あなたがやらないのなら、前田を折るわ!さぁ、選ぶのよ!」
前田は、何も言うことができず、身体を動かすこともできなかった。それは紛れもない恐怖であった。
「一兄」
前田も、一期も動揺を隠せない中、骨喰だけが冷静だった。一期を呼び、刀を手から下ろした。
「主は何も折れと言っているわけではない。前田を、助けてやってくれ」
優しくて、それでいて残酷な言葉だった。前田は恐怖や焦りで合わない歯の根を震わせながら、あふれ出る涙を止めることができなかった。一期が悩んだのはほんの少しの間で、
「すまない」
小さな謝罪が聞こえた後、その場には返り血を浴びる一期と、ピクリとも動かなくなった骨喰だけが倒れていた。