第5章 雨催い
目が覚めると、まだ辺りは闇に包まれていた。気配を感じて、身体を起こす。耳に届く音。べちょ、ぐちょ、と、水分を含んだ何かが、つぶれるような音。それはだんだんと近づいてきて、部屋の前でぴたりと止まった。
どうやら、今夜も結界は意味をなさなかったらしい。もしや自分の力が弱っているのかと現実逃避する。
ついに何かは部屋に入ろうとさまざまな手を使い出す。障子に写る、黒い手形。それは幾つも幾つも痕を残し、開けようと躍起になっているようだった。
ガリ、びり、と障子の破れる音。まずい。咄嗟に離れにもう一度結界を張ろうと印を結びーーーー、耳に届いた声に手が止まる。
返せ。返せ。
ひしゃげた声は、確かに言葉を紡いでいた。耳を塞ぎたくなるような声だったが、男のものであることは分かる。
返せ、と言った。何をだ?
一瞬のうちに、脳内を映像が流れる。それは、夢に見た映像だった。
俺の。俺の。かエセ、返せ
再び、呪いは言葉を口にする。背筋を冷や汗が伝う。穴の開いた障子から、何かが覗いている。あの目とあっては駄目だ。本能的に悟り、さっと目を逸らす。だが、動向は追わなけれならない。
俺の。返せ。夢にまで見た。これだけ材料が揃えば、この呪いが何を取り返しにきたのか、想像するのはたやすい。
恐怖で喉がかわく。冷や汗が米神を伝い、顎から落ちた。