• テキストサイズ

短編集【庭球】

第75章 君のその手で終わらせて〔真田弦一郎〕


今後「相談」があるとすれば、それは引退をするときか、別れ話を持ち出されるときだろうということは、ぼんやりと想像していた。
シーズン最終戦で準優勝した弦一郎が、直後のインタビューで「来年は優勝トロフィーを掲げに来ます」と言っていた場面が脳裏をよぎる。
嘘の嫌いな弦一郎が、その言葉を翻して引退するとは思えなかった。
ということは、選択肢は別れ話しか残っていない。

相談と銘打ってこそいるけれど、弦一郎の心はどうせもう決まっているのだ、これまでと同じように。
まだ彼のそばにいたいという私の意思は、どこにも介在しない。
私にできることは、「相談」を受けない、ということだけだった。


初めて、弦一郎からの誘いを断った。
会える時間が少ないぶん、彼が帰国するときには必ず、私が都合をつけてできる限り一緒にいるようにしていたのに。
もうすぐ飛行機でアメリカを発つ、というメッセージの返信に「体調が悪いから日を改めてほしい」と嘘を書いた。
弦一郎に嘘を吐くのも、初めてだった。
弦一郎はいつも嘘偽りなく私に向き合ってくれるのにと思うと、心が軋むように痛んだ。

別れをずるずると引き延ばしているだけだということは、わかっていた。
私がどんなに仮病を駆使して遠ざけたところで、その瞬間はいずれ必ずやってくる。
ずるいけれど生真面目な弦一郎は、私との関係をきっちり清算しないままで前に進むことはしたくないだろうし、できないだろうから。

弦一郎の気持ちはきっと、もう私には向けられていない。
だとすればなおさら、弦一郎が歩みを止めないために、一刻も早く私という枷から解放してあげなければ。
わかっている、わかっているけれど。
それでもまだ彼の隣にいたいと願ってしまう私は、なんて愚かなのだろう。
そしてこんなにも愚かな私に、弦一郎は二度と振り向いてはくれないだろう。
/ 538ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp