第72章 エンドロールをぶっとばせI〔ジャッカル桑原〕
大学卒業後、一旦はサラリーマンとして働いていたジャッカルがおしゃれなカフェバーをオープンしたのは、ちょうどその頃だった。
店が私の職場の近くに位置することもあって、私は時折顔を出すようになった。
あれは忘れもしない、去年の私の誕生日。
退勤間際の急なトラブルでいつもにまして帰りが遅くなって、へとへとだったけれどそのまま帰る気にはどうしてもなれなくて、ジャッカルの店に足を向けた。
ラストオーダーの時間ぎりぎりに滑り込もうとすると、ちょうど店内にいた団体客が揃って帰るところで。
「ありがとうございました」と頭を下げてお客さんたちを見送ったジャッカルは、私を一目見て「飯食いっぱぐれたって顔だな」と笑った。
扉の札をClosedに架け替えながら私を店内へ招き入れると、何も聞かずにビールを出してくれて、「あり合わせで悪いけど」とパスタを作ってくれた。
メニューに載っていない名もないパスタはどんなご馳走より美味しくて、仕事の疲れが吹き飛ぶ気がした。
私がパスタを頬張っている間、カウンターの奥でごそごそと動いていたジャッカルは、ワインボトルを手に私の前に戻ってきて「これ、俺のとっておきなんだ」とはにかんだ。
カウンター越し、頬杖をつきながら「誕生日だろ? 一緒に開けようぜ、俺のおごりだ」と言ったジャッカルの瞳は、とても優しかった。
…だめだ、泣きそう。
にじむ涙をごまかすように、温度を上げたシャワーを頭からかぶる。
いつかのジャッカルの言葉を借りれば、今日の私たちは「一回きりの後腐れない関係」ということになるのだろう。
それはつまり、ジャッカルが私のことを「一度きりでいい」と思ったということであり、これ以上の関係を望んでいないということだ。
そして、これから私がジャッカルへの想いをあたため続けたところで報われないということでもある。
恋を失ったことそのものももちろんだけれど、失い方が最悪だ。
おまけに、その「たった一度」も覚えてさえいない、だなんて。
切なくも綺麗な思い出として胸にしまっておくことすら、私には許されないのか。
一気に三回失恋したような気分だ、鼻の奥がツンと痛い。
おざなりなシャンプーをして泡を洗い流しながら、一連の事実も一緒に全部洗い流してしまえたらいいのにと思った。