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短編集【庭球】

第70章 夜よ明けないで〔千歳千里〕


そう言い切ってやると、千里は「そうかもしれんばってん…」と一瞬口ごもったあと、言いくるめられたくせにどこか嬉しそうに「女の一人暮らしなのは変わらんっちゃろ、気ぃつけなっせ」と言って。
話を逸らそうとしたのか、それとも単に甘えたくなったのか、「久しぶりに膝ば貸してほしか」と私の脚を大きな手でそっと撫でた。


「…いいけど」


そばにいてほしいときにいてくれなくて、それでいて一緒にいるときはわがままを言うなんて、本当にずるい。
ずるいと思っているくせに、そのわがままを嫌味の一つも言わずに聞き入れて、あまつさえ嬉しいとまで思ってしまう私は、きっと本物の馬鹿なのだろう。

千里の癖毛が見た目よりも柔らかいことを知ったのはずいぶん前、同じように膝枕をしたときだった気がする。
髪を手ぐしで梳いてやると、千里は大きな体躯を少し丸めて、気持ちよさそうに目を細める。
普段見下ろすことがないからか、私はその姿を見るのが嫌いではなかった。
太腿に感じる重さと温かさも、心地いい。


「猫みたい」


半ば無意識の私の言葉に、千里は「猫? そらまたたいぎゃ大きか猫ばい」とくすくす笑った。
大きさはひとまず置いておいて、膝の上で甘えるところはもちろん、気まぐれにどこへでも行ってしまうところも、さながら猫だと思うのだけれど。
そう口にするより前に、千里が少し挑戦的な瞳で私を見上げながら言った。


「俺んこつ飼ってくれると?」
「……そうね、考えといてあげる」


それは「一緒に住もうか」という意思表示に聞こえなくもなかったけれど、傷つきたくない私は条件反射のように、曖昧に言葉を濁した。

千里と私との距離感は、いつまでたっても変わらないままだ。
私が一歩近づけば、千里が一歩退く。
どれだけ追いかけても近づけないことに私の心が折れそうになっていると、時折不意に千里の方から歩み寄ってきて、私の頬に触れる。
それがひどく嬉しくて、私がその手を取ろうとすると、千里はするりと避けてしまう──付き合って数年、その繰り返しだったように思う。
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