第69章 失楽園に咲く花は〔幸村精市〕*
毎日いろんな人からの愛を一身に浴び続けている精市と違って、私は平々凡々な一般人だ。
告白されたことだって、付き合い始めたときに精市から受けたあの一度きりで、私には縁遠いことだと思ってきた。
冷静になって考えてみると「好きな人がいるから」とか「今はそういうのは考えられない」と言えば追求を逃れられたのだろうけれど、なにしろ青天の霹靂に動転してしまっていて、そこまで気が回らなかった。
結局、そのあとは断るタイミングを逃したまま。
精市を怒らせそうなこととして思いついたのは、それだけだった。
「へえ、この期に及んで考えごと? ずいぶん余裕だね」
その声音は、恋人が愛を囁くときのような甘さなのに、有無を言わせぬ強さがある。
精市の顔には、部活中不機嫌なときに見せるわざとらしい笑みが貼りついていた。
申し開きをしようと思っていたのに、言葉はなぜか一つも出てこない。
私の制服を乱す手つきは荒っぽくて、はだけたシャツの合間を無遠慮に這い回る指先はひんやりと冷たかった。
「ひあ…、やっ」
「あんまり声出すと、家族にバレちゃうね? ま、俺は構わないけど」
「いっ、た…!」
胸元に感じた鋭い痛み。
その痕跡は、キスマークと呼ぶにしては歯の形がくっきりと浮き出すぎていたし、恋人同士の行為のはずみでついたものにしては甘くなさすぎた。
残った疼痛を駄目押しするように、精市の指先が赤く変色した部分を撫でる。
その大きな手で、心臓を直接掴まれている気分だ。
このまま握りつぶされるか否か、すべては精市の気分次第だと見せつけられているような。
確かに怖いと感じているのに、私の身体は悲しいくらいに反応する。
恐怖と快感は、紙一重だ。
背中がぞくりと粟立つのだ、精市の笑顔が冷たくて怖いと感じるときも、精市とのセックスで甘い刺激に喘ぐしかないときも。
背骨、もっと正確に言えば脊椎の中心、脊髄という部分が震えているのだと思う。
「考えるな、感じろ」と言ったのは、ブルースリーだったっけ。
頭で考えるより先に反射的に背中で、いや脊髄で感じてしまうのは、それが生物にとって生命と直結している、最も根源的な刺激だからだろう。