第68章 その嘘は美しいか〔仁王雅治〕
相変わらず気分はまったく上向かないけれど、サボれないのがつらいところだ。
三連覇という目標のためにみんな頑張っている中、たかだか失恋くらいで私だけがドロップアウトするわけにはいかない。
加えて失恋の相手が不動のレギュラーである仁王だなんてことがバレてしまったら、せっかくこれまで築いてきた部の空気感を乱すことになる。
私だけが気まずいならともかく、仁王にそんな思いはさせられない。
そんなことをすればいくら私が女でも真田が鉄拳制裁を発動しないとも限らないし、ただでさえ痛む頬に痛みの上塗りをしたくはないし、性根の優しい真田はきっと私を殴ったことを気に病むだろう。
そのせいで仁王や真田がコンディションを落としてしまったら、私はマネージャー失格だ。
つまり、いつもどおり過ごす以外に、私に選択肢は残されていないということ。
重い腰を上げて着替えを済ませた。
動き回ると汗ばんでしまうから本当はTシャツでいたいけれど、階段で転んだという体なのに痣一つないのは不自然な気がして、上からジャージを羽織って部室へ向かう。
「おつかれー」
「…林、その顔はどうした?」
ノックをして部室の扉を開けると、ちょうど出ていこうとしていた柳に向き合う形になった。
クラスメイトはみんな私の嘘を鵜呑みにしてくれたけれど、よりによって柳とは。
吐かなければいけない嘘もある。
人を傷つけないために。
あるいは大切なもの──たとえばテニス部の勝利──のために。
それは、仁王が教えてくれた美学だ。
「あ、これね、今朝階段でこけちゃったの。ほんとかっこ悪いよねえ、あはは」
ずいぶん驚いたようで珍しく目を見開いた柳はしばらく黙っていたけれど、私の嘘が上手かったのか、はたまた私の作り笑いが鬼気迫っていたのか「そうか、くれぐれも無理はするなよ」と言い置いて出ていった。
何事もなく見逃してもらえた安心感を飲み込んで、私もすぐに仕事に取りかかった。