第68章 その嘘は美しいか〔仁王雅治〕
「もうすぐ三限目だけど」
保健医の声に、はっと意識を取り戻した。
落ち着こうと目を閉じていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
がば、と弾かれたように起き上がった私を見て、保健医は曖昧に笑った。
いろんなことが一度に起こりすぎて心底疲れていたけれど、今はほんの少しだけ、胸の痛みがましになっている気がした。
「出ます! すいません寝ちゃって…」
「それはいいんだけど、まだ腫れてるわよ。ガーゼかなんか貼る? そのままじゃ殴られたの丸わかり」
「……お願いします…」
早く治りそうだから湿布がいいと頼んだけれど、顔には使用不可だとにべもなく断られた。
保健医は「階段でこけたとでも言っときなさい」と言いながら、少し大きめの絆創膏のようなパッドを貼ってくれた。
「一つだけ教えて。彼氏からDV受けた、とかじゃないわね?」
「DV?! 違います!」
真剣なトーンの問いに、慌てて首を横に振る。
保健医の意外な優しさに驚いたのと同時に、そんなふうに見えたのかという驚きもあって、思わず必死に否定してしまった。
逆に不自然だったかもしれないと不安になって「それだけはないです」と重ねると、保健医はひとまず信用してくれたらしく「そう、それならいいけど」と安心したような呆れたような表情で私を見ていた。
丁寧にお礼を言って保健室を出た。
言われたとおり、階段を踏み外して転んだことにしようと思った。
大丈夫、そのうち時間が解決してくれる。
頬の痛みも、胸の痛みも。
それまでの間はひたすら空元気、しかない。
* *
放課後になるまで、部員とは誰とも顔を合わせなかった。
一歩も教室から出ずに過ごしていたから、当たり前といえば当たり前だけれど。