第68章 その嘘は美しいか〔仁王雅治〕
誰もいない屋上で、カバンを枕に寝転んだ。
仁王はなぜ、彼女に嘘を吐いたのだろう。
仁王は人を傷つける嘘を絶対に吐かない。
私がそれに気がついたのは、去年仁王と同じクラスになったからだ。
一見、いけしゃあしゃあと手段を選ばず何でもやる人でなしのように見えるけれど、仁王が詐欺と呼ばれるほどの大きな嘘を吐くのはいつも、チームの勝利がかかったときだけだった。
クラスメイトにパッチンガムを仕掛けるような些細な悪戯は、決して誰かを傷つけるためのものではなくて、いわば退屈しのぎのエンターテインメント。
事実、パッチンガムは犯人の仁王だけではなくて、仕掛けられたターゲットも含めてクラス全員が楽しんでいた。
他人の心の機微に人一倍敏感な仁王は、誰のことも傷つけないぎりぎりのラインを見極めて、そこを縫っていた。
一歩間違えば単なるいじめっ子に成り下がるその作業は、まるで薄氷を履むようなものだったけれど、仁王はそのスリルを楽しんでいるふしがあった。
クラスでの仁王は、人を傷つけることを楽しむ愉快犯とは違う、観客を決して傷つけず笑顔にさせることに徹するマジシャンのように見えた。
その意味で仁王は、詐欺師という犯罪じみた通り名には少しそぐわない優しさを持ち合わせていた。
ある日の試合後──その日も仁王はイリュージョンで対戦相手を混乱させていたけれど──帰り道で偶然二人になったとき、そんな話をしたことがある。
仁王は「よう見ちょるのう、照れてしまうぜよ」と言っていたっけ。
言葉とは裏腹にまったく照れてなんていない、いつものポーカーフェイスで。