第66章 Flavor of love〔幸村精市〕
「ずっと一緒にいよう」と、その言葉、その約束さえあればきっと、不安は消えるはずだと思ってきた。
なのに、いざそれを手に入れると、所詮結婚なんて契約にすぎないんじゃないかという考えが頭をよぎるのだ。
「気持ちが離れない限りは一緒にいましょう」という契約。
その契約書には、いくら探しても「永遠に気持ちは離れません」の一文はない。
目を通すまでは確かに、契約書を交わせば安心できるに違いないと信じていたのに。
優しくキスをされても、身体を重ねても、式で着るドレスを選んでも、薬指にはめる指輪を買っても、まだ足りない。
さながら駄々をこねる子どものようで、私は一体どこまで欲深いのだろうかと、自分で自分が怖くなる。
「準備は済んだし、もう寝られるんだろ? おいで」
精市がベッドの上から私に手招きをする。
言われるがままに隣に腰を下ろすと、精市は「ずいぶん伸びたね」と言いながら私の髪を撫でた。
式に向けて伸ばしてきた髪は、ようやく肩につくまでになった。
海外を飛び回る精市はきっと、私が途中で半端な長さに耐えかねて何度も切りたい衝動に駆られていたことを知らない。
「式が終わったらまた切っちゃうのかい?」
「たぶんね」
「もう少しこのままでいてよ、よく似合ってるから」
精市の指が、私の髪を梳いて耳にかける。
ショートカットだったときはこんなことはなかったなと思うと嬉しくて、やたらと時間がかかって面倒なドライヤーもどうでもよくなってしまいそうだ。
「じゃあ切るのやめようかな」と言いかけたけれど、おだてられて舞い上がっているみたいで悔しくて、照れ隠しに「善処します」と政治家のような返答をすると、精市は「ぜひ前向きに検討しておいて」と微笑んだ。