第65章 キスとデータは使いよう〔柳蓮二〕
心臓が暴れているのは、呼吸が苦しかったせいだけではなくて、知らない感情がどんどん溢れてくるせいでもあるらしい。
目尻に残っていた涙を人差し指で拭いながら、おぼつかない頭で必死に考える。
なんで涙がぴたりと止まったんだろう、驚いたから?
いや、まさか。
驚いて止まるなんて、しゃっくりじゃあるまいし。
なんで柳は私にキスをしたんだろう、涙を止めるため?
そんなことでキスなんてするだろうか。
…しかもいわゆる大人のキス、だった。
柳が変わった人なのは重々承知だけれど、それにしてもこの行動は振り切れすぎているんじゃないだろうか。
そこまで考えて、ふと気がついた。
今の、ファーストキスだ。
急なことで驚いたし、なんで、と思う。
永井くんのことが好きだったはずなのに、ファーストキスは彼のために取っておいたはずだったのに、とも思う。
けれど、嫌、ではなかった。
柳の感触がまだ残っている気がして、そっと唇に触れた。
本当に、私、柳とキスしたんだ。
「俺にしておいたらどうだ」
柳の落ち着いた声に、顔を上げる。
切れ長の瞳を珍しく見開いた柳は真剣そのもので、私はその言葉の意味を必死に咀嚼した。
──柳が、私を。
甲斐甲斐しく私に協力してくれたのも、泣きじゃくる私にずっと付き合ってくれたのも、すべて。
柳が私を好きでいてくれたからなのだと思えば、辻褄が合った。
「泣かせないよう努力する」と、柳は続けた。
「もし泣かせてしまっても、こうして涙を止めてやることもできるからな。泣き顔も悪くはないが、やはりお前は笑っている方がいい」
「もちろん今すぐにとは言わない。これまでも散々待ったんだ、どうということはない」
「絶対に大切にする、とだけは言っておく。考えておいてくれ」