第65章 キスとデータは使いよう〔柳蓮二〕
柳は何も悪くない。
柳がいなかったら、クラスも部活も委員会も違う永井くんにこんなにも近づくことはできなかった。
彼の好みに寄せるために髪を伸ばすことも、彼のためにお菓子づくりを練習することも、帰りにどきどきしながら待ち伏せをすることも、きっとなかった。
恋をする楽しさを教えてくれたのは、柳だった。
恋が叶わなかったのは、私に魅力がなかった、ただそれだけのことなのだ。
「うん、わかってる。ごめんね」と「これまでありがとう」を伝えるのにはひどく時間がかかったけれど、柳は辛抱強く私の言葉を待ってくれた。
本当に、最後まで面倒見のいい人だ。
私はその恩人の顔にまで泥を塗ってしまったのかと思うと、また泣けた。
「ね…、柳なら、知ってる?」
どのくらい時間が経ったのだろう。
嗚咽と涙の隙間、私が途切れ途切れにそう尋ねると、柳は少し首を傾げた。
何がだ、と視線だけの問い。
「涙の、止め方」
前の定期試験のとき、しゃっくりが止まらなくて苦しんでいた私に、止め方を教えてくれたのも柳だった。
あのときは「両耳の穴をしばらく強く押してみろ。それでもだめなら甘いものを急いで一口飲むといい」と言われたんだったか。
自分がテストに集中できないことよりも、うるさくて周りにも迷惑をかけてしまうのが嫌で、すがる思いで実践したら、何をやってもなしのつぶてだったのが嘘のようにぴたりと止まって、やっぱり柳はすごいと感心させられたのだ。
柳なら涙の止め方も知っているんじゃないか、そう思った。
きっと真っ赤になっているだろう目も、いつも以上に腫れぼったいはずのまぶたも、あわよくばどうにかしたい。
この顔のままではさすがに帰れない。
「確かに、ここまで泣いて帰ったら、ご両親は心配するだろうな」と小さく苦笑した柳は「方法があるにはある」と言った。