第50章 God save the King〔跡部景吾〕
「聞いてみたん? 本人に」
「聞いたよ、聞いたけど、俺はお前がいればいいって言われたんだもん」
「なんやねんそれ。単なる惚気やないか」
咎めるような視線を私に送って、忍足は次の授業の用意を始めた。
医学部の忍足と同じ授業は週に一回、火曜午後のかったるい一般教養のこの時間しかない。
今日を逃すと次はまた一週間後、景吾の誕生日の前日になってしまうのだ。
「…惚気じゃなくて本気で困ってんの、知ってるくせに」
「まあな」
思い切り睨みつけてやると、忍足は眉尻を下げて苦笑した。
一か月近く前から何を贈ろうかと悩み続けている私がじれったかったのか、忍足は先週「そんな悩むんやったら、もう直接聞いたったらええやん。サプライズだけがプレゼントってわけやないし」と助言してくれた。
完全に手詰まりだった私は、その言葉通り「誕生日、何がほしい?」と景吾に尋ねたのだけれど。
景吾はさして興味もなさそうに「ああ、もうそんな時期か」と言って少し考えを巡らせてから「俺はお前がいりゃ充分だ」と私の髪を撫でて、笑って。
「当日は丸一日空けとけよ?」と私に釘を刺したあとは、こちらがそれとなく尋ねても自分の希望やヒントめいたものを教えてくれることはなかった。
私がいればいい、なんて確かにこれ以上ない殺し文句で、誕生日というイベントさえなければ私だって、それこそ忍足に惚気の一つや二つこぼしたくなるほど嬉しかったのだろうと思う。
けれど、恋人の二十歳の誕生日に何も持たず丸腰で挑む勇気や図々しさを、生憎私は持ち合わせていないのだ。
もっと喜ぶべきだったのかもしれない甘い台詞は、今の私にはあてもない禅問答に等しい。
神様は乗り越えられる試練しか与えない、なんて格言めいたことをほざいていたのは誰だったっけ。
「俺らも中高と、跡部の誕生日は大概いろいろ考えたわ」
「何あげた?」
「跡部の持ってへんもんってなかなかないから、俺らは駄菓子の大人買いをようやった。うまい棒百本とか、食玩つきラムネを箱買いとかな。ボンボンすぎんのも考えモンやで」