第34章 まさかこんな時に
私が目を覚ましたのはそれからずいぶんと後のようだった。
あの見覚えのある壊れかけた工場の中で私は以前のように両手を縛られ、それに猿ぐつわまで噛まされていた。
「やっとお目覚めか。遅くてちっとイライラしたな。」
目の前に銀髪の男がしゃがみこむ。
あのナイフを持っていた男だ。
「それにしても今回はケータイも持っていないし、たいした金も持ってない。あるのは買った醤油とお前だけ。」
銀髪の男は私の耳元に顔を近づける。
「君、無傷で帰りたいなら相当の覚悟をしなよ?」
私はそう囁かれてゾッとする。いったい何をすると言うんだ。
かといって猿ぐつわを噛ませられては何も言えないので銀髪を睨む。これでも精一杯の抵抗だ。
「そんな怯えなくてもいい。お前はただ、少しだけ話せばいいんだから。
そう、お前の友達の日代の家のおおよその位置でも電話番号でも。もしくは家族の通勤通学先でもいいんだ。」
それは…。日代の妹さんやお父さんに被害が及ぶ可能性もあるってことだ。
日代君がお母さんを失って、守ると誓ったもの。
そして愛しく思っているもの。
絶対に引き渡してはいけない。
日代君を傷つけたくない。それに私も彼を守りたい。
弱い私でもこれで日代君を守ることができるなら…。
絶対に耐えてみせる。
私は銀髪に向かって首を横に振った。