第32章 久しぶり
踵の低い靴を選んで正解だったな。
走るにつれてだんだん息があがってくる。
でもどんなにしんどくてもこの足を止めてはいけない。
「おるぁ!待てよお前ぇ!」
向坂の声が大きく響く。
何ごとかと足を止める人もいたけれど、私はその人達を避けながら必死に走る。
前へ前へ。あの人のところへ走らなきゃ。
この事を火事場の馬鹿力とでも言うんだろうか。
ショッピングセンターの近くになると、もう向坂の声は聞こえなかった。
でも油断はできない。私は足をさらに進める。
息が苦しい、口の中変な味がする。
下を向きそうになったけれど、あわてて前を向くと、日代君がショッピングセンターの前に立っていた。
日代君も私が走って来るのに気がついたらしい。あわててこちらに走り寄ってくる。
「大丈夫か。何かあったのか?」
私の両肩を掴んで、早口で尋ねてきた。私の登場はあまりにも異様だったらしい。
「さっ、さっき歩いてたら、…。向坂にっ声かけられて…。慌てて逃げたんだけど、恐い人たちが何人か一緒に追いかけてきたっ…!」
息をきらしながら答えると、日代君の顔はみるみる強張る。
とにかく体を冷やさねぇと熱中症になるな、と日代君は私を引っ張ってショッピングセンターの中へと入っていく。
私を通路の脇に設置されているベンチに座らせると、ちょっと待ってろ、と言い置いて日代君は走り去っていった。