第5章 五話
………。
そして、遂にその時はきた。
ある夜、兄はデートに出かけて、親も帰りが遅く、料理などまともに出来ない俺はコンビニに夕食を買いに出掛けた。
おにぎりを買ってコンビニを後にする。帰り道を歩いてて、俺は思わず足を止めた。
前方から保健の篠田先生が向かってきているのだが、その足取りはゆっくりだ。というよりフラフラと歩いているよう。
そして先生の顔は沈みきっていた。
まあ、何かあったのだとは思うが。
俺に気づくと何故か泣きそうな顔をした。
「……高木くん…。」
泣いた後だろうか。目が充血している。それに左頰が赤く腫れている。
「……怒られたの。」
人の旦那に手をだしたから。と言って俯く。
つまりはその相手の奥さんにバレたと。頰が腫れているのも恐らくそれが原因だろう。
………。この人は…。
結局バレて後悔しているんじゃないか。
「……そうですか。」
自業自得だ。なにもかも。
そのまま通り過ぎようとしたが、後ろから抱きついてきた。
「…ちょっ…!」
回された腕を離そうとするが、その力は緩まない。
俺は周囲を見渡す。
流石に人の気配はしないが、学校関係の人がいたらまずい。
…先生は何も分かっていない。
「…離してください。」
「嫌っ!」
嫌って……。子供ですか。
こんな先生は見たことない。まあ元々そんなに関わってもいないが。
「……俺は生徒で、貴女は先生です。」
…俺を巻き込まないでほしい。
「…自業自得でしょう。」
「……お願いっ、置いて行かないで…っ。」
…………。
一ノ瀬を思い出す。あの日、彼氏にフラれ泣きながら俺にすがり付いてきた時を。
皆、そうなのだろうか。誰かにいてほしいと思うのだろうか。
勝手だ。自分の責任だというのに、関係ない者を巻き込んで。
「……抱いて。高木くん……。」
弱々しい声。俺よりもずっと年上なのに、今は何故か小さくて大人の余裕など全然ない。
回す手に更にギュッと力が込められる。
俺はため息ついて目を伏せた。
……………。
「…………一度きり、ですよ。」