第9章 手塚先輩と桜の精
「ん…」
織江先輩が身じろぐと、手塚先輩がその髪を撫でた。
本当に桜の精みたい。
「長くなったな、そろそろ部活に行かないと」
ほら、織江、起きろ、手塚先輩が優しく声をかけると織江先輩は少し目を開けた。
「いや…」
そう言って再び目を閉じてしまう。
「ほら、夜野も来てるぞ」
その声で織江先輩はガバッと身を起こした。
勢いが良くて手塚先輩のおでこに直撃し『ゴッ』と鈍い音が響いた。
「せ…先輩っ大丈夫ですか…?」
「っーーー」
悶絶しておでこを押さえる手塚先輩。織江先輩はケロっとしている。
「あら…私、石頭なのよねぇ…ごめんね、国光」
見上げるように手塚先輩を覗き込む織江先輩。
ああ、やっぱり2人は一枚の絵のようだ。
「…大丈夫だ……」
織江先輩が手塚先輩のおでこに手を当て、いたいのいたいの、とんでけー!としたから、可笑しくて笑ってしまった。
「織江、もう大丈夫だから、俺は、部活に行く」
「うん、行ってらっしゃい」
よろよろと立ち上がるとおでこを押さえたまま手塚先輩は文藝部を後にした。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
ふわりと笑う織江先輩はいつもの先輩で、眉間にシワが寄るところなんて想像出来なかった。
「国光と何か話した?」
「…先輩との馴れ初めを聞きました」
「まぁ」
優しく微笑む先輩。
カバンから編みかけのセーターを取り出す。もうほとんど出来上がっていた。すごい。
じっとセーターを見ると、織江先輩が笑う。
「夢子だって、もうマフラーは終わったじゃない」
「でもこの図案見てると、終わる気がしないんですけど…」
「気合よ」
「気合…あんまり文藝部っぽくないですね、頑張ってみますけど」
カーディガンになる予定のそれを編んでいく。リョーマくんのことを考えながら。
せっせと編んでいると、部室の扉の向こうに気配を感じた。
織江先輩も気付いたようで、サッと立ち上がりガラッと勢い良く扉を開けた。
「あ!」
3人の女の子がそれぞれの背中を押しあっていたようだ。
「何か?」
織江先輩の声が落ちる。いつもより少し低いけど、背中を向けているので表情はわからない。