第5章 片想い
久々に仕事が早く終わった。
メシでも食いに行くか。
iPhoneの画面をなぞり、電話帳をスクロールする。
『月島あやめ』
口元がほころぶのを気付かないフリをする。
「はい。」
いつもの明るい声ではなく、力の無い蚊の鳴くような小さな声。
「あやめ?今、良いか?」
「はい。どうしたんですか?」
珍しく上ずる声に胸がざわめく。
「……それはこっちの台詞だけど。」
「え?」
「声が………変。何かあった?」
「………」
一向に聞こえない声に少し不安になる。
「聞いてるか?」
何も言わないあやめ。
「先輩を甘く見るなよ?」
『先輩』……
この言葉は俺にとってはストッパー。
あやめにとっては………?
「あはは。中村さんには、何で分かっちゃうのかな…」
演じるような声に予想が当たっていると気付く。
「うっ…ひっく…」
iPhoneから聞こえるすすり泣く声に心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。
「中村さん…助けて…苦しい…」
「すぐに行くから待ってろ。」
車に飛び乗り、駅を目指す。
外は雨が降り始めたようた。
赤信号にさえ怒りを覚える。
早く早く。
一刻でも早くあやめの元へ。