第6章 だから俺だけをずっと (R18:及川徹)
カラリと小気味いい音がした。
開いたのはとあるプライベートバーのドアだった。
私たちが暮らすこの町の南側。
風俗店がひしめくメインストリートの外れにある、オフホワイトを基調としたおしゃれなビル。地下一階へつづく階段を降りると、そこは──
「お久しぶりです、……京治さん」
高級そうな木材のバーカウンター越しに、懐かしい彼の微笑がみえた。唇だけで、小さく笑う。
「いらっしゃい」
温度がないくせに、優しい声。
あの頃となにも変わってない。
淡々として、感情の起伏がなくて、でもそれが美しいとさえ思える。そんなひと。
ただ唯一変わったのは、彼がもう【そっちの道】から足を洗ったということだろうか。
きれいな京治さんの手。
でも、左手は五指がそろってない。
「何ボーッとしてるの」
「えっ、あ、ええと……とても素敵なお店だなと思いまして、あ! あのこれ、お祝いです」
慌てて用意していたお花を差しだす。
黒尾や光太郎はたいへんご立派な花輪を用意したみたいだけど、私にはこの胡蝶蘭が精一杯だ。
三日前にオープンしたこのお店。
京治さんがオーナーを務めるお店。
「ご開店おめでとうございます」
もそもそと私が言うと、京治さんは小首を傾げて「ありがとう」と笑んだ。
ああ、花よりも儚い、と思った。