第19章 幻怪(R18:月島蛍)
*
その日、私はとある美容室にいた。
普段から利用している店舗ではない。初めて訪れるお店。黒を基調とした店内は、アロマオイルとパーマ液の香りで満たされている。
「い、いらっしゃいませ!」
受付カウンターで勢いよくお辞儀をする少女が、そのブロンドを肩口で揺らしていた。
まめに手入れをしているのだろう。
少しも傷んでいない金色の毛先がその証拠だ。
「瀬野と申します」
「あっ、えと、瀬野様ですね! 18時のご予約でお間違えないですか!?」
少女は裏返った声でわたわたと応対を続けた。どうやら予約表になっているらしいパソコン画面に、全身全霊で噛りついている。
「そっ、それではお時間になりますまで、こちらでお待ちくだシャチッ!」
(………鯱?)
「いえ、あのっ、お待ちください!」
待合いソファに通された私は、少女のあまりの焦りように、思わず笑んでしまった。
ふふ、と漏れた笑み。
それと同時に少女が赤面する。「ビジンダ……!」と片言で呟いているが、何かの呪文だろうか。
シフォンブラウスをまとった小さな背中。揺れる金色。覚束ない足どりで、ふらりと仕事に戻っていく。
「──……谷地さん」
ゆったりとした店舗用BGMと、セニングシザーが奏でる不規則な音。
その両者に混ざって、声が聞こえた。決して大きくはないのに、よく通る声。
その甘さを孕んだテノールに意識を引っぱられて、私は、手元のネットニュースから視線を剥がす。