第17章 代償(R18:孤爪研磨)
日光を意味する英名のビル。
60階建ての摩天楼をするすると昇っていくエレベーターのなかで、私は、黒尾くんの横顔を見つめていた。
「ミュンヒハウゼン症候群?」
ラフなサマーカーディガンを羽織った彼が、きょとんとした顔でオウム返しをする。
今日は、約束の花火大会。
人混みがあまり得意ではない私たちは、どうせなら涼しいところから花火を楽しもうと、都内の夜景が一望できるレストランを目指していた。
もちろん社会人である私からのプレゼント。窓際の席をリザーブ済み。
彼からのお返しは「ありがとう、すげえ楽しみ」の笑顔だけで充分だ。
そんな黒尾くんが可愛くて仕方ないと思ってしまうあたり、私も充分にこの恋を楽しんでいるらしい。
それに、あのレストランなら花火が充分に見えるだけではなく、併設されたビアバーも楽しめる。
黒尾くんはソフトドリンクで我慢だけれど、彼の場合、すでにマティーニあたりを飲んでても不思議ではないから恐ろしい。
これぞ美丈夫の魔力である。
「正しく言えば、代理、ね」
「……代理?」
「ええ。黒尾くんのいう噂話がもし本当なのだとしたら、その少女が患っていたのは、代理ミュンヒハウゼン症候群よ」