第13章 夜陰(R18:カレカノ理論Ⅱ)
歌、と京治くんは言った。
明転したステージでマイクを手にしたまま、ジッとこちらを見つめている。
「………うた?」
「何かないのか、好きな歌」
「……ある、けど、なんで」
「いいから教えて、早く」
一体何だと言うのか。
京治くんの真意が読みとれなくて、困惑しつつ、でもその冷眼に気圧されておずおずと答えてみる。
「──……So Close、が好き」
言うや否や、だった。
マイクを口元に構えた京治くんが、すう、と息を吸って。そのまま奏でられる音。それは聞くものすべてを魅了する。
京治くんの、歌声だ。
「す、ごい……、キレイ」
私はそう溢すのが精一杯。
この世で一番美しいのは音楽でしょう? 昔の映画に出てきたセリフが頭に浮かぶ。
これはきっと、京治くんなりの優しさなのだろう。
私を励まそうとして。慰めようとして。貴重なその歌声を私だけに聴かせてくれている。
なんて、暖かい。
この町で出会った彼らはどうしてこんなにも優しいのか。不思議に思う。奇跡だとすら。
「………ありがとう」
京治くんの美声響く夜。
あと一時間もすれば、この夜は終わってしまうだろう。朝日が昇って、空が水色に変わって、私たちが生きる群青色は地球の裏側に追いやられてしまう。
でも、朝日はまた沈む。
そうすれば、また夜がくる。
たったひとつしかない特別席で京治くんの歌声を聴きながら、私は、愛おしい黄金に想いを馳せるのだった。
夜陰【了】