第9章 カレとカノジョの相対性理論 (R18:木兎光太郎)
海岸線が、流れていく。
開け放った窓から吹きこむ風は生温く、夏を感じさせる匂いがした。汗ばんだ肌。まだ疼いたままの下腹部が、なんだかちょっと気恥ずかしい。
「俺暑いなー、絢香さーん」
左側から聞こえる低い声。
子どもっぽい仕草で唇を尖らせて、光太郎はカーエアコンのスイッチに手をかける。
「やだ、私クーラー嫌い」
「俺は好きなの、すげえ好き」
つーか暑いの!
たくさん動いたの!
男は大変なんだぞ!
ツン、とそっぽを向いて夜風を楽しむ私に、光太郎はいつまでも文句を言っていた。
「声が大きいですよ光太郎くん」
「じゃあ常にウィスパーボイスで話すように心得るから、だからクーラー付けさせてお願い、俺このままじゃ事故るよ? いいの?」
「それを言うなら心掛けるでしょ」
日本語間違えたから却下ね。
ちゃっかりスイッチを押そうとしていた腕にシッペをして、うがあっ、と奇声をあげてる彼をみて。
その上腕で羽根を広げる梟に、私は軽く唇を寄せた。
「光太郎、ありがとう」
「んあ? 何がありがとう?」
「私と出会ってくれて」
私は満面の笑みを浮かべた。
彼のそれに負けないくらい。
夜風のなかを滑っていくサバーバン。運転席にいる彼は、これからどんな世界を見せてくれるのだろう。
足元にはジミーチュウ。
先月の誕生日に婚約者がくれたハイヒールを脱ぎ捨てて、私は、繁華街の闇へと溶けていくのであった。
──さよなら、ハジメ。
私の最愛だったひと。
これはきっと始まり。
新たな物語の、終わりと始まり。
見て、月がすごく綺麗。
私の新しい夜はまだ、──始まったばかりだ。
ありがとう、光太郎。
私と(また)出会ってくれて──
【了】
カレとカノジョの相対性理論