第18章 緋色の夢 〔Ⅲ〕
空中に弧を描きながら、彎曲した銀の双剣が跳ね上がり、地面に突き刺さった。
「やったぁ! 勝ったわぁ~!! 」
稽古場に紅玉の嬉しそうな声が響きわたる中、ハイリアは愕然としていた。
―― うそ、負けた!?
寝不足だったとはいえ、手を抜いたつもりはない。紅玉がやたらと本気でかかってきて、いつもより手強かったのだ。
「じゃあ、ハイリアちゃん。私が勝ったんだから、約束通り付き合ってもらうわよぉ? 」
紅玉の柔らかな微笑みを見ながら、ハイリアは紅玉との『約束』を思い出して青ざめた。
稽古の練習試合の前に、紅玉と賭けをしたのだ。
もしも紅玉が勝ったら、自分はちゃんとした女官の正装で一日過ごす。そして、逆に自分の方が勝てば、紅玉が一日男装して過ごすというシンプルな賭けだった。
ちょっとしたゲームみたいなものだったし、まさか負けるなんて思わなかったから、つい賭けに乗ってしまったのだ。
「楽しみだわぁ! ほら、ハイリアちゃん! そうと決まったら私の部屋に行くわよぉ! 」
「わかったわよ……」
いつにも増して楽しそうな紅玉に引きずられながら、ハイリアは大きなため息をついた。
紅玉のことだから、きっと綺麗に着飾ってくれるのだろう。
―― ああ、安易に賭けなんてするんじゃなかった……。
一日、あんな落ち着かない格好をしなければいけないと思うだけでうんざりなのに、その格好で宮廷を歩かなければいけないのだ。
ここに着てから意地でも着なかった服を着るのだから、みんな驚いた顔して振り返るだろう。
だいたい、ジュダルにそんな姿を見られたら、絶対にからかわれて絡まれるに決まっている。毎朝の神事から戻ってきたら、いったい何を言われるのだろうか。
―― こうなったら、着替えたらさっさと書庫にこもってしまおうか……。
「あ、ハイリアちゃん。書庫にこもるのは今日、禁止ですからねぇ! 」
まるで、心を読んだかのようなタイミングで、紅玉が笑顔で言い放って、ハイリアのひそかな野望はついえた。