第16章 緋色の夢 〔Ⅰ〕
―― あれだけマゴイを打ち込んだのだ。これできっと……
痛みに顔をゆがめながら、その場に座り込んだ時、倒れていた大蛇の体がぴくりと動いた。
ハイリアが目を見張る中、大蛇は怒りを露わにして首をもたげた。
猛獣のような咆哮をあげて、その身に宿す青い炎を激しく燃え立たせると、大蛇は勢いよく飛びかかってきた!
大きく開かれた大蛇の口を見つめながら、ハイリアは足が動かないことを自覚した。
痛みのせいだけじゃない。上手く力が入らなかった。毒が足にまで回ったらしい。
絶体絶命という中、頭だけは妙に冷静だった。
ハイリアの脳裏を、走馬灯のように記憶が駆けめぐっていた。
思えば、故郷も奪われて、育ててもらったキャラバンの仲間も失ってしまった。
最後は、こんなワケのわからないところへ迷い込んでしまって、ムトとの約束も果たせずに終わるらしい。なんてひどい人生だろう。暗くて悲しいことばかりじゃないか。
悔しさを感じるのに、涙は全く出てこなかった。
安らいだような気持ちになっているせいだろうか。
やっと家族の元へ行けると、思ったからかもしれない。
故郷の優しいお婆ちゃんの姿が浮かんだ。
キャラバンのみんなの姿が浮かんだ。
両方とも大事な家族だった。
ムトやジファールは、約束が果たせなかったと聞いたら、泣くだろうか、怒るのだろうか。
それでもきっと、彼らは温かく迎えてくれるような気がする。
これからずっと、家族と一緒にいられると思えば、悲しくなかった。
やっと苦しかったことも、悲しかったことも、すべて終わるのだ。
これでもう、一人じゃない。
穏やかな気持ちのまま、死を覚悟して、自分を貫くだろう大蛇の牙を見つめていた。
その刹那、ハイリアの安らかな願いは妨げられた。