第16章 緋色の夢 〔Ⅰ〕
レーム帝国へと向かうため、東大陸を駆け抜け、馬車はひたすら西へと向かっていた。
砂漠地帯を走っていたキャラバンは、日が暮れ始めた頃、ようやく砂地を越えたようだった。
砂丘ばかりだった景色は、平坦になり、低い植物が多く目立つようになってきた。だんだんと草原帯へと姿を変えていっている。
さらさらとした砂に埋もれていた馬車の滑車は、でこぼことした地面によって、ガタガタと振動を伝えてきていた。
キャラバンの荷台についた窓から、夕日を眺めていたハイリアは、馬車が向かう方向の先に小さな灯りを見つけて、身を乗り出した。
まだ遠いけれど、あれがきっと目的地の村だ。
中央砂漠を越えるこの道は、東と西を行き来しながら駆け抜けるこのキャラバンで、何度も通っている道だから間違いないだろう。
やっと宿で休めるのだ。しばらくテント暮らしだったから、保存食ばかりだった。久しぶりにちゃんとしたご飯が食べられる。
シャワーに入って、ふわふわのベッドで眠って、明日はきっと気持ちよく起きられるはずだ。
久しぶりに、少し贅沢ができると思うと嬉しくて、ハイリアはにんまりと笑みを浮かべた。
「なんだ、ハイリア。そんなに闘技場が楽しみか? 」
振り返ると、ムトが、わざとらしく歯を見せながら、にやついていた。
荷台の床に座り込み、手に持った酒瓶を口に運んでいる。
朝から『闘技場、闘技場』とうるさい奴が、静かにしていると思ったら、これだ。いつの間にか、荷台の商品に手を出したらしい。
「違います! また、売り物に手を出しているし、何やってるんですか! 」
「俺が、キャラバン長なんだからよ~。仕入れたもんを飲んだって、かまわないだろう? 」
「キャラバン長だから言ってるんです! そうやってあなたが飲むせいで、街に着くまでにいったい何十本の酒がダメになってるか、わかってるんですか!? 」
「そう硬いこと言うなって。祝い酒なんだから、楽しくいこうぜ~! 」
へらへらと笑っている男は、腰に双剣を携え武装している格好さえ見なければ、ただの酔っぱらいのオヤジである。
毎朝の稽古で、自分を苦しめている人物と、同一人物にはとても思えなくて呆れた。
これが剣の師匠であり、マゴイ操作の達人だと思うと泣けてくる。