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【刀剣乱舞】檜扇の伝記

第5章 雨


雨の日。
時間はまるでゆっくりと流れて、私はほっと息をはいた。
「終わった………」
書類をまとめて、引き出しにしまい、鍵をかける。
まどろみに身を任せてそっと目を閉じれば、雨の音が柔らかく耳を撫でた。
ふと、茶の香りが鼻を掠め、私は目を開けた。
「おや、いれてくれたのかい。」
「あぁ。折角だからな。一人で飲むには勿体ない茶だ。」
鴬色の髪を揺らして、彼が隣に座る。
「ありがとう。美味しそうな茶だ。」
呟いて、私は茶を飲む。
「………どうだ?旨いか」
「うん。美味しいよ」
「そうか………ならいい」
にっこりと微笑む彼は普段より少し幼く見えた。
雨の音が場を支配するような静寂の間。
それは不快ではなく、寧ろ私の心をなごませた。
庭に目を向ける。
跳ねる水玉、揺れる葉緑、吸い込まれる音粒。
「綺麗なものだ。まるで、世界が夢みたいだね」
私は思わずそう言った。
鶯丸は庭を見ながら茶を飲んだ。
「夢、か。残念だが、俺は夢を見たことがない。」
「それは、眠っているときの夢のことかい?」
鶯丸は頷いた。
「そうか………いや、君が覚えていないだけかもしれないよ。」
「覚えていないのなら、それは無いということじゃないのか。」
「まさか」
私は言った。
「覚えていなくとも、それは無じゃない。いつか不意に思い出すかもしれないよ」
「そういうものか………」
「あぁ。摩訶不思議なことにね」
言って、私は茶を飲む。
温かい茶が、少し冷えた体には優しかった。
「……………主は、雨は好きか?」
不意の質問。私は少しそれを不思議に思った。
「好きだよ。逆に、鶯丸は嫌いかい?」
「いや………嫌い、ではない。ただ、空が見えないのは心がざわつく」
少し目線を下に向けて、鶯丸は茶を飲んだ。
私は、普段通りに口元を緩ませて言った。
「それこそね、夢なんだよ。鶯丸」
「夢」
「そう。見えなくともね、空はあの雲の上にあるのさ。無なんかじゃない」
私はそう思う。
私の返答に、不思議と鶯丸は安堵したようであった。
「そうか。見えなくとも、あるのか」
「あぁ、だから待っているだけでいいんだ。私達は。…………楽なものだろう?」
意地悪くわらっていうと、鶯丸も微かに笑って頷いた。
「そうだな。俺には丁度いい」
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