第1章 かりそめの遊艶楼
「藍姫?」
「っ…!」
上を向いた状態から視線を落とすと
襖に手を添え、立っている潤様がぼんやり見えた
いつのまにご予約の時間が来たんだと
私は慌てて背を向ける
「藍姫、ねぇ…なんで泣いてるの?
前の客になんかされた?」
「…い…いえっ…」
心配そうに駆け寄った潤様に顔を隠しながら答えると、後ろから優しく包ま込まれた
「どうしたの…?俺には全部、話していいんだよ…」
優しいお声が、口調が、耳に響く
それがまた私の涙腺を弛めてしまう
あぁ…どうしましょう
「…ふ…うっ止めて…止めてください潤様…」
このままでは私は枯れてしまいますと
自分でも、訳の分からない懇願をしていることは分かっています
でもどうにも…
「…潤…さまぁ…」
泣き続ける私に潤様は何も言わず
ただ頬に口付けを…
私が泣き止むまで、いくつもいくつもくださった
それはまるで"大丈夫だよ"と
"愛してるよ"と、言っているかのようだった
どのくらい経ったか…ようやく落ち着いた
「申し訳ございません…」
「何が…?」
前に回っている潤様の腕を掴んで
泣いていた理由をぽそりぽそりとお話した
すると潤様は昌宏さんとお話した内容を語ってくださった
聞かされたお2人の考えに
感謝や喜びや…
色んな感情が出てきてしまって…
あぁ…折角、止められたのに
「…潤様…どうしましょう…私はまた…」
「ん、いいよ泣いても
また俺が止めてあげるからね」
いいのでしょうか、こんな…
私には勿体無きお方…
「…潤様…潤様……っ愛しております…」
振り返って思いの丈を伝えると
きっと真っ赤であろう私の目を見つめて、潤様がふんわり微笑む
胸がきゅんと音を立てた
「俺も愛してるよ、智」
潤様の唇が私の唇と重なる
どこまでも優しい潤様の口付けが心地良くて
少しずつ目を閉じていった
「…ん、んふ…」
しばらくそうして…
「ね…智」
「…はい」
目を開けると目の前には潤様の綺麗な瞳
「全部、終わったら…」
「はい…」
正面に向き直った私の両頬を潤様の大きな手が包む込む
「俺の傍に来てほしい」
「……え」
「必ず幸せにするから…」
「…潤様」
嬉しい…
私の返事を聞く前に特別な口付けが交わされた