第1章 かりそめの遊艶楼
「嫌だなぁ、松岡さん
そんな顔をされないでくださいよ」
…父上と違って高圧的ではないが
笑顔でじわじわと詰め寄るようなそのやり口に
嫌な汗が背中を伝う
「確かに当時、櫻井さんのお父上の声掛けにより
有志の方々から多額の寄付金を頂いた様ですね」
一瞬、この男の口角が上がったのを
俺は見逃さなかった
「その後、再度経営が傾いてしまったとか?」
「えぇ、その通りです
櫻井さん
回りくどい言い方は止めましょうか
…目的はなんです?」
「わかりました
では単刀直入にお伺いします
二度目に経営難に陥った後
経営者が松岡さんのお父上から、松岡さんに変わった
社交倶楽部も形を変え
今の遊艷楼になりましたよね?」
「えぇ」
「…藍姫が、貴方を助ける為にその話を持ち出した
貴方は猛反対したが
結局、その通りにせざるを得なかった
そうですよね? 松岡さん」
それまで黙っていた松本という男が
俺の目をじっと見つめたままそう言った
…何故その話を……
「僕が藍姫から聞きました。
藍姫は、自分の一言でこの楼が出来てしまった事を
自分の罪だと思い、一人で背負い続けていました
此処に居る魅陰や部屋子達をもう解放してやりたいと泣いたんです
それで、櫻井に相談しました
どうにかならないかと。
その後、藍姫は奏月と琥珀にも話したようで
櫻井自身も奏月から相談されていました
奏月も、藍姫の背負う十字架を降ろしてあげたいと言っていたそうです」
智が…
智が、そんなことを…
憎むなら俺を憎めば良いと思っていた
お前のせいではない
全ては、俺のせいなのだと…
それは何度も伝えた
けれどお前は
心の中でずっと自分のせいにしていたんだな
それがどれだけお前を苦しめていたのか…
「…松岡さん、貴方も本当はもうこんな事は辞めたいのではありませんか?」
「…それは……」
「決して明るい稼業とは言えないですからね
社会的に此処を潰そうと思えば、簡単に潰せる
でもそれでは本当の意味で彼等を解放した事にはならない
此処の子らに必要なのは、その後の保証です」
暗黙の了解とはいえ
告発され、警察に現場を抑えられたらアウトだ
そうなれば此処の子供達は生きる術を失ってしまう
「それに藍姫は
貴方と番頭の方の身も案じていました
貴方達を囚われの身にはしたくないそうです」